歳時記

「そうだ、横笛を吹こう!」

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 唐突に、横笛をやってみたくなった。
 祭りのときに吹く「篠笛(しのぶえ)」である。
 経験はない。
 ただ、何となく吹いてみたくなったのだ。
 和服に篠笛。
 ピーヒャラ、ピーヒャラ・・・。
 想像しただけで、何と粋ではないか。
 問題は愚妻である。
 了解を取っておかなければ、何だかんだケチをつける。
 ケチをつけられれば、私といえども気が散るのだ。
「横笛をやろうかと思うが、どうだろう」
 とストレートにもちかけるようでは、とても了解は得られない。
 で、どうやったか。
 ご参考までに、《交渉術》と《実戦心理術》を何冊も書いてきた私の〝実体験〟をご紹介しよう。
「おい」
 と、晩酌に熱燗をグビリとやっている愚妻に言う。
「なに?」
「小鼓(こつづみ)をやってみようかと思うが、どうだろう」
「あら、あれは難しくて、ちゃんと音が出ないのよ」
「そんなに難しいか」
「ええ」
「わしでは無理か?」
「無理ね」
「そうか・・・」
 猪口(ちょこ)に酒を注ぎ足してやりながら、
「しかし、そうかと言ってトランペットというわけにはいかんしな。あれは音がうるさい」
「うるさいより、音を出すのが大変だわよ」
「そうか。困ったな、サキソフォンは高価だろうし・・・。おっ、そうだ! 笛だ、篠笛ならどうだ!」
「そうね、いいんじゃないの」
「しめた!」
 とはもちろん口に出さないで、ポーカーフェイス。
 こうして愚妻をチョロまかした。
 このやり方を、名づけて《敵は本能寺作戦》という。
 相手をじわりと話に誘い込み、手のひらに乗せ、そして手のひらの上で転がすのである。
 そこでさっそく、篠笛について調べてみた。
 篠笛は、篠竹という竹でつくられていて、洋楽器でいえばフルートと同じようなもの。中国より伝来し、祭事などを通じて日本の社会に密着しながら、大衆芸能の笛として継承されてきたという。
 そういえば、子供のころ、お寺の境内に大人が集まり、祭りの稽古をしていたことを思い出した。あのときの篠笛の音色を、記憶の彼方に探してみる。
(よし、篠笛を買おう!)
 と、さっそくネットでショップを探し始めたところが、
「自分で買うんでしょうね」
 愚妻がサラリと言ってのけた。
「まさか!」
「それから練習は道場でやってよね」
「バカな・・・」
 自分で買って、道場で練習するなら、愚妻の了解など取る必要はないではないか。
 何のための《敵は本能寺作戦》だったのか。
 私たち夫婦は、この4月で結婚37年になる。
 お互い、手の内は百も承知。
 敵もなかなか手強いのだ。

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