歳時記

「叱る」「ホメる」の要諦

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「正座ひとつ、きちんとできないような者が強くなれるか!」
 道場で子供たちを叱責する。
 状況に応じて、「正座」が「掃除」や「挨拶」に変わるが、
「そんなことで強くなれるか!」
 という結論は同じ。
 子供たちはそれで納得しているが、でも、何だかヘンですな。
 つまり、これは〝すり替えのレトリック〟で、大人社会でも日常的に用いられている。
「コピー用紙1枚のムダを追放せずして、会社の発展があるか!」
「服装ひとつ無頓着な人間に、いい仕事ができるか!」
 さらに、こんなアレンジもある。
「社員の方々の表情が生き生きしてますね。そのことひとつとっても、御社の素晴らしさがわかります」
「お酌の仕方を見るだけで、あなたという人がわかります」
「小」を踏み台にして「大」へジャンプさせ、叱責したりホメたりするというわけである。
 私が週刊誌記者として駆け出しのころは、原稿は手書きだった。
 字が下手なのはしょうがないとしても、私は誤字脱字が多く、デスクによく怒られた。
 そんなとき、デスクはいつもこんな言い方をした。
「誤字脱字があるような奴に、いい原稿が書けるか!」
 これには私も神妙にうなずくばかりである。
「いい原稿が書けるか!」というセリフがポイントで、このセリフなしで、単に「誤字脱字が多いぞ!」と叱責されたのでは、
(ウロセーな。小学生のときから漢字は苦手なんだ)
 腹のなかで悪態をついたことだろう。
 叱るとき、ホメるときは、「小」を踏み台にして「大」へジャンプさせること。
 これが要諦なのである。

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