歳時記

フンドシに学ぶ「自意識」

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 道場内にある仕事部屋で原稿を書いていて、ふいに風呂に入りたくなり、健康ランドへ行くことにした。
 昨夕のことだ。
 愚妻に電話し、自宅前で拾った。
 と、愚妻が思い出したように、運転する私に言った。
「あなた、フンドシじゃなかった?」
 ハッ、と思い出した。
 そうだ。
 今日はフンドシを穿いていたのだ。
「私、恥ずかしいじゃないの」
「バカ者。おまえと一緒に風呂に入るわけじゃない」
「そうだけど……」
 そんな会話をしつつ、健康ランドへ向かう。
 実を言うと、私も後悔していた。
 ちょっと恥ずかしいのである。
 だが、そんなそぶりを愚妻に見せるわけにはいかないのだ。
 健康ランドに着き、私は作務衣を脱いだ。
 白い越中フンドシである。
 他の客はチラリと一瞥しただけで、ジロジロ見る者はいない。
「恥ずかしい」というのは所詮、自意識のなせるワザなのである。
 フンドシに限らず、世間は自分で思うほど、感心をもってはくれないということが、よくわかった。
 フンドシに学んだ「自意識の愚かさ」である。

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