歳時記

龍笛の稽古で気づいた「無心」

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 昨日、千葉県松戸市の天真寺さんに、龍笛(りゅうてき)の稽古にうかがった。
 ご指導くださるH先生は、芸大邦楽科で龍笛を専攻された方で、本願寺派布教使でもあり、京都からおいでになる。
 40代の熱血指導者で、午後3時から3時間以上、みっちりと稽古。
 終わってみて、書きかけの原稿のことも、来週の予定のことも、何もかも忘れて稽古に没頭していた自分に気がついた。
 帰途、クルマを運転しながら「無心」ということについて考えた。
「無心」とは、「明鏡止水」のごとく、一切の執着を離れた「無の心」ではなく、「一つのことに没頭し、他の一切が心から消し去られた状態」のことを言うのではないか。
 武道やスポーツにおいて、
「勝敗にこだわるな、無心であれ」
 と教える。
 だが、これは間違いではないかと思う。
 勝敗にこだわり、こだわりきることを「無心」というのではないか。
 もっと言えば、勝敗にこだわり、こだわり切り、それを突き抜けた先に「無心」があるということなのだ。
 龍笛の稽古を通じて学んだ一つである。

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