歳時記

雨に打たれる彼岸花

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 土曜の夜遅く、房総鴨川市の仕事部屋にやって来た。
 ちょうど一ヶ月ぶりになる。
 何だかんだと忙殺され、月に1度、それも2泊3日がいいところだ。
 温泉好きのカミさんも、しっかりとついてくる。
 で、日曜日。
 昼前、ノートパソコンを持って、近くの曽呂温泉に出かけた。
 彼岸花が小雨に濡れている。
「きれいね」
 と喜ぶカミさんに、
「わしは嫌いだ」
 と言うと、
「去年もそんなこと言ってたわね」
 たちまち不機嫌な顔になったので、彼岸花について説明してやった。
 別名、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)。
 有毒植物であること。
 墓地に彼岸花が多いのは、ネズミやモグラなどがその毒を嫌って近寄ってこないため、人為的に植えられたもの。
 したがって、「地獄花」などとアダ名される。
「そして――」
 と、私は続けた。
「彼岸とは極楽浄土のことで、煩悩や迷いに満ちたこの世を此岸(しがん)と言うんだな。そして、彼岸の仏事は浄土思想に由来するもので……」
「毒があるとは知らなかったわ」
 カミさんが遮るようにつぶやいて、
「大変、気をつけるように言わなくちゃ!」
 携帯を取り出すや、孫が彼岸花に触らないよう、大声で娘に注意した。
「だから、彼岸の仏事は浄土思想に由来するもので……」
「あら、雨なのに今日は混んでるみたいね」
 私の説法には、とんと興味を示さないのである。
「猫に小判、おまえに説法だ。このバチ当たりが!」
 と、もちろん、これは口に出さないで、私は毒づいたのだった。
 湯船に手足を伸ばすと、肌が滑(ぬめ)って、温泉気分は上々である。湯は茶褐色で、自分の手足が見えないほどの濃さ。なかなかの泉質である。浴槽は狭く、きれいとは言い難いが、この鄙(ひな)びた風情が、またいいのだ。
 開け放った窓の向こうに彼岸花が咲いている。
 真っ赤な花が、雨に打たれている。
 雨に打たれる花は可憐に見えるものだが、彼岸花は笑っているように見えた。「地獄花」などと呼ばれることを自嘲しているのか、それとも居直っているのか。
 見ていると、なんとなくいじらしくなってきた。
 ヘソ曲がりの私は、このときから彼岸花がなんとも愛おしくなったのである。

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