歳時記

コンプレックスは解消することができるか

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 背の低い男がいた。
 子供のころから「チビ」のあだ名で呼ばれていた。
 高校生になって恋をして、フラレた。
「背が低いから」
 それが理由だと人づてに聞いた。
 このときから彼は、コンプレックスに苛まれるまれるようになった。
 牛乳を飲み、鉄棒にブラ下がった。〝身長伸ばし器〟という怪しげな機械を通販で買った。結局、チビのまま社会人になった。
 彼は仕事に没頭した。
 チビというコンプレックスを、仕事でハネ返そうとした。
 彼は同期の出世頭になった。
 彼はコンプレックスを解消したのだろうか?
 答えはノーだ。
 出世は「代償行為」であって、決してコンプレックスの「解消」にはならないのである。
「コンプレックスは飛躍のバネになる」
 というのは〝人生指南〟の常套句だが、いくら出世したとしても、それが代償行為であるなら、結局、コンプレックスを抱いたまま人生を送ることになる。出世すればするほど屈折する。これではハッピーとは言えまい。
 コンプレックスは「バネ」にするのではなく、「武器」にするのだ。
 某広告代理店に、肥満体の営業マンがいる。
 W君と言う。28歳。身長170センチで、体重120キロ。肉の塊である。
 小学校時代は臨海学校があり、裸になるのが恥ずかしくて、死ぬほどの苦しみだった。コンプレックスから引っ込み思案になる。彼女もできない。中学、高校、大学と青春時代は暗かった。
 そんなW君がガラリと変わるのは、広告代理店に就職してからだ。
「キミと会った人間は、キミを絶対に忘れない。その体型に感謝だな」
 上司である辣腕の営業部長が、彼を見て真顔で言った。
「営業の仕事は、まず自分を売り込むこと。しかしキミは、すでに存在自体に強烈なインパクトがある。いい仕事ができるだろう」
 辣腕上司のこの発想に、W君は〝目からウロコ〟だったと振り返る。
 それからは肥満を〝武器〟にした。
「私が乗ったら、エレベーターがミシミシ鳴ってましたが、大丈夫ですかね」
 クライアントを訪問して、そんな冗談を飛ばす。
「じゃ、エレベーターを落としてよ。新機種に変えるチャンスだから」
 相手も、肥満をサカナに軽口を叩ける。
 こうしてW君は次第に人気者になり、「凸凹社の関取」という異名で、名を馳せていくのである。
「肥満体で本当によかった」
「チビだったから、いまの私がある」
 自分が抱いてきたコンプレックスに対して、感謝の〝演出〟ができれば、コンプレックは雲散霧消するのである。

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