昨夜、上海旅行から帰ってきた。
カミさんと一緒で、しかも2泊3日というあわただしい旅行であったが、片道3時間前後のフライトであれば、国内旅行のようなものである。
上海は私は2度目で、前回は数年前。『漫画アクション』で上海を舞台としたビジネスマン劇画を連載するための原作取材だった。
たまたま私の友人に、上海にめっぽうくわしい人間がいて、彼に同行してもらった。もちろん現地にも彼の友人がたくさんいて、その友人たちのお世話で上海のいろんな〝顔〟を取材させてもらった。
それで、私としては上海がわかったつもりでいたのだが、今回、カミさんを連れて行って、実は何も知らなかったことにガク然とした。
なぜなら前回は、現地の人たちにまかせきりであったため、どこをどう移動したかわからないのである。店の名前も、場所も、な~んにもわからない。上海に地下鉄が走っていることさえ知らず、「どこがくわしいのよ」とカミさんがあきれていた。
で、今回は3日間、移動は地下鉄にした。
あとは徹底的に歩いた。
道を間違え、遠回りし、カミさんはブツブツ言っていたが、遠回りしたことで、思いもかけぬ光景や発見がたくさんあった。たとえばケンカが始まり、公安がパトカーで駆けつけ、当事者の首根っこを引きずるようにして連行して行った光景など、道を迷ったからこそだ。日本の警察では、こうはいくまい。中国における公安(警察)の権力については知ってはいたが、こういう光景を目の当たりにして、ナルホドと得心したという次第。
旅行に限らず、人生もしかり。
道を間違えたり、遠回りしてこそ、新たな、そして予期せぬ発見があるのだということを、今度の上海旅行でつくづく思った。
新たな発見をして何の意味があるのか、と反論する人もいるだろう。私もう思う。ただ、人生は、最終目的地は「死」と定まっているで。誰もが、ここに到着する。
目的地が定まっている以上、道中を楽しむべきではないか、と私は考える。
私にとって、人生街道の楽しみの一つは、「予期せぬ発見」であるということなのである。
「短い人生、そんなに急いでどこへ行く」
上海で、そんなことを思った次第である。
短い人生、そんなに急いでどこへ行く
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