歳時記

「本音」という「建前」

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「アタシって、いつもホンネじゃん?」
 女の子の会話で、目が覚めた。
 電車内でのことだ。
 いま乗ってきたのだろう。茶髪の女子高生が二人、私が座る席の前に立って話しをしていた。
「アタシって正直じゃん」「アタシってウソがつけないじゃん」と、さかんに自分は不器用だということを相方に話しているのだが、不器用と卑下しつつ、語尾は得意そうに跳ね上がっている。
 つまり、
「アタシって、いつもホンネじゃん?」
 というのは自慢なのである。
 いや、この女子高生だけでなく、「ホンネじゃん」「ウソつけないじゃん」という言い方を最近よく耳にするようになった。人間疎外の社会環境によって、それだけウソと建前が多くなったということなのだろうが、「本音でしゃべる自分」は、果たして自慢できることなのだろうか。
 私は、そうは思わない。
 本心を隠して「建前(たてまえ)」で話をするのは、相手と良好なコミュニケーションを図りたいからであり、その根底には相手に対する尊重がある。
《本音=正直=いい人》というのは間違いなのだ。
 たとえば、上司をつかまえて、
「ずいぶんハゲてきましたね」
 と、本音を言って、上司は喜ぶだろうか。
 まして、「ハゲてきましたね」と言ったあとに、
「すみません。ボク、本音でしかしゃべれないもんですから」
 とつけ加えたらどうなるか。《本音=正直=いい人》ではなく、上司は《本音=嫌味=悪意》と受け取るだろう。
 ことほどさように、「本音」は相手に対する気づかいも思いやりもない。思ったことをそのまま言葉にするのは、犬が吠えるのと同質のもので、「アタシって、いつもホンネじゃん?」と自慢できることではないのである。
 人間社会が「建前」で成り立っている以上、建前でしゃべることをもって正解とすべきなのだ。
 だが、「アタシって、いつもホンネじゃん?」と自慢する女子高生も、「うん」と相槌を打つ相方も、実は「建前」で会話しているのだ。わざわざ「ホンネじゃん」と強調しなければならないのは、そういう理由による。
 すなわち「本音」という言葉すらも、本来の意味を離れ、すでに死語になったということなのだろう。
「本音」が死語になれば、それと同意の「正直」も連動して死語になる。
「オレって、正直じゃん」「正直言って、オレ、好きくないんだよネ」――と《正直》が連発されるのは、その現れだろうと私は思っている。正直者は、そうでないと謙遜はしても、「私は正直です」とは言わなかったのである。
 そんなことを考えながら、女子高生の会話に耳を傾けていたのだが、彼女たちは駅を下りるとき、軽蔑のマナコで私を見た。
(このオッサン、寝たふりをしながら盗み聞きして、イヤなヤツ)
 とでも思ったのだろう。
 彼女たちのその目だけは、まさに「ホンネ」だったのである。
 

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