歳時記

「電話恐怖症」考

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職場で、電話恐怖症の若者が増えているのだそうだ。
「その気持ち、よくわかるねぇ」
と、かつて実話系雑誌で編集者をしていた知人が言う。

毎号、ヤクザ記事が満載なので、発売日になるとヤクザから編集部にクレーム電話が何本もかかってくるのだそうだ。

「コラッ、オヤジ(組長)の写真、なんじゃ!」
「ど、どういうことでございましょう」
「バカタレ! 首の後ろ見てみい! 窓の桟がかかっとるやないか! オヤジの首、切るつもりか!」

あるいは、組の紹介記事で《地元K市に盤石の根を張る》と書いたところが、敵対組織の若い衆から、
「コラッ! 地元とは何じゃ! K市はウチの組もおるやないか!」

そんなわけで、発売日の電話は誰も出たがらないのだそうだ。

ベルの音だけが静かな編集部で執拗に鳴り続け、編集長が責任感から意を決して出るや、
「あっ、申しわけありません!」

ペコペコ頭を下げる姿を見て、
(ああ、電話に出なくてよかった)
部員一同、安堵の顔を見せるとか。

私も週刊誌記者時代、こういうことは何度も経験した。
「そんなつもりで話したのではない!」
「私の立場をどうしてくれる!」

相手が言ったことしか書かないのだが、雑誌が発売されて反響の大きさに狼狽し、言った、言わないというケースになることがよくあった。
現在であればスマホで録音できるが、当時はそんなものがないため、トラブルがままあったのである。

電話の難しさは「即答」にある。
返事に詰まったら、ガンガン攻められる。
こちらに非があっても、切り返し、攻めに転じなければならない。

クレームだけではない。
お願い事をして断られたときもそうだ。
どう理屈をひねり出して粘るか。
相手の返答に応じて即断が求められる。
これが大変だ。

その点、メールやラインはじっくり考える時間があるから楽で、これに馴れると電話が苦手になるのは当然だろう。

私は出先から愚妻に連絡をとるときはラインである。

「いまから帰る」
「わかりました」

これですむ。

ところが電話だと、
「いまから帰る」
「遅いじゃないの! 何していたのよ」

ろくなことがないのだ。

字が下手な人は、手書きを敬遠してパソコンで文字を打つのと同様、会話が苦手な人は電話を敬遠してメールを打つ。
会話というコミュニケーション能力が低下しつつある現代、「電話恐怖症」は自然の流れなのである。

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