連日、行楽地の混雑状況を注視していたが、どこも混んでいるので、館山行きはパスすることにした。
明日、朝から所要もでき、ちょうどよかった。
「館山、中止だ」
愚妻に言うと、
「だから、やめようって最初から言っているでしょ」
エラそうに言うが、ここ数日、
「コロナが危ないけど、イカも食べたいわね」
どっちつかずのことを言っていたではないか。
結論が出てから「だから言ってるじゃないの」というのは、後出しジャンケンである。
コロナを見ていると、コメンテーターの多くは後出しジャンケン。
「だから去年から繰り返し、この番組でも私は言ってるでじゃないですか」
得意になっている。
つい一年前まで、「どんどん感染させて集団免疫を獲得すべき」と言っていたコメンテーターもいたが、そんなことはお首にも出さない。
そういうものである。
頭のいいコメンテーターは、世論の風向きが変わる、その寸前に世論に迎合する発言をするか、あえて真逆の視点があることをバーンと提示する。
これにハギレのよさが加われば文句なし。
ずいぶん前になるが、私は『橋下式 絶対負けないケンカ術』(祥伝社)というハウツー本を書いたが、まさに橋下徹氏がそうで、彼は「断定力」によってオピニオンリーダーに見えるのだ。
ガースー総理に欠けているのは、「断定力」である。
「どの山に登りますか?」
「右端の山だ!」
毅然と断定する。
判断が誤っていたら、
「状況が変わった。左端の山を目指せ!」
これまた毅然として断定すればいいのだ。
世の中は刻々と変化する。
したがって判断に正解はなく、「正解に見える」ことがあるだけなのだ。