歳時記

私はすでに立派な高齢者

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 今日は、朝から市空手道連盟の合同稽古と餅つき。
 この体育館は寒い。
 私は稽古着に着替えもせず、ベンチコートにくるまったまま、ストープのそばの椅子に座って見物である。
「稽古着になったほうがいいかい?」
 事務局長に問うと、
「いえ、そのままで結構です」
 ヘタにファイトを出されると、邪魔になると思ったのだろう。
 例年、私がストーブのそばにいると、
「館長だけズルイ」
 と、ウチの子供たちは批難したものだが、今年は誰もそんなことは言わなかった。
 同情される年齢になったということか。
 今年は保護者も多く、またウチの道場は小さい子の参加も多くて楽しい一時であった。
 これもまた、こういうことを楽しいと感じるような年齢になったということか。
「短気で、ケンカ早った自分がウソのようだ」
 と感じるのもまた、年齢のなせるワザだろう。
 帰宅して夕刻に仮眠を取り、今せっせと原稿書き。
 明日、明後日と都内で所用がある。
 電車で行けば車内で仕事ができるので、そうするつもりでいたが、腰が痛い。
 電車で往復を立っているのは腰にヤバイ。
 木曜日は、保護司の仕事で地方の刑務所に行かねばならない。
 新幹線にレンタカーを乗り継ぐから、腰痛は難儀する。
 明日はクルマで出かけるか。
 腰痛と言えば先夜、稽古着の下の腰の部分に巻いたサポーターを子供たちが見て、
「お爺さんみたい」
 とキャッキャッと笑った。
 癪なので、
「そうだ、館長はお爺さんだ。お爺さんで、どこが悪い」
 と居直ったところが、なぜか〝火に油〟。
 笑い転げていた。
 高齢者の定義が75歳以上に見直されるそうだが、世間はどうあれ、私はすでに立派な高齢者なのだ。

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