歳時記

「贅沢」とは何か

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今日は、午後4時から散歩に出かけた。
柔かな日差しに、初夏の夕方の風が心地よい。

二羽の鴨が水を張った田圃で餌をついばんでいた。
つがいなのだろうか。
鴨の生態ついては門外漢だが、先日、やはり田圃で見た鴨も二羽だったので、つがいで行動するのかもしれない。

足をとめて、しばらく眺めていた。

平日のこの時間にノンキに散歩し、鴨を眺めながらつがいかどうか、よしなしごとに考えをめぐらせる。

(これほどの贅沢があるだろうか?)

ふと思って、

(だけど、なんでこれが贅沢なんだ?)

そんな疑問がわいてくる。

たぶん、誰からも強制されず、義務でもなく、自由意志で、非生産的で、好き勝手に時間を費やすことをもって最高の贅沢とするのだろうと勝手に結論する。

空を見上げる。
首をめぐらせると飛行機が三機、四機と飛んでいる。
房総半島は、羽田を離発着する飛行機がひっきりなしだ。
鴨を見るのはやめて、今度は飛行機を目で追う。

と、唐突に、
(もし飛行機が空中衝突すれば、私は目撃者になってしまうではないか)
そんな思いがよぎる。

(ウーム)
考える。
その場合、どういう目撃談にするべきか。
アホな妄想がよぎる。
物書きは、いつもシチュエーションを妄想しているのだ。

心地よいはずの散歩が飛行機を引き金にして現実にもどり、仕事のことを考えながら、いそいそと家路につく。

「あら、遅かったじゃないの」
テレビに顔を向けたまま、愚妻が言う。

「うん。鴨が田圃にいてな」
「あっ、そう」
「で、飛行機が飛んでいてな」
「そりゃ、飛ぶでしょう。あなた、大丈夫なの?」

かくして現実生活に埋没していくのだ。

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