「急に冷え込みが強くなると、坊主が忙しくなるでぇ」
ずいぶん昔、編集企画会社をやっているころ、クライアントの一つであった寺院の住職が言った言葉だ。
住職が亡くなるまで10年以上、私と仕事をした。
住職はかつて土建関係の会社をやっていた人で、会社を倒産させ、借金取りから逃げるため、京都の著名な真言宗のお寺に飛びこんで坊主になった。
異色の住職である。
だからだろう。
スズメ百まで何とやらで、事業欲はきわめて旺盛。
いまでこそ当たり前になったが、時代を先読みして納骨堂に目を付け、先駆的な寺院の視察のため、私と北海道に飛んだこともある。
銀行から多額の融資を受け、信徒会館を建設したときは、鉄筋コンリートをもじって、
「この会館は、借金コンクリートじゃ」
嘯(うそぶ)いて、ガハハハと大笑したものだ。
いつかこの住職をモデルにして小説を書いてみたい思いつつ、いつのまにか私が坊主になっていた。
人生はわからないものである。
このところ急に冷え込んだせいか、法務が忙しくなり、ふと、
「急に冷え込みが強くなると、坊主が忙しくなるでぇ」
と言った住職の言葉が頭をよぎったという次第。
昨日は、法務に出かける前に、愚妻を病院まで送迎した。
いつもならロビーで待機するのだが、昨日は法衣に輪袈裟をつけている。
病院内を坊さんがウロウロすると目立つだろう。
何となく気後れして、クルマで待機していた。
葬儀において、導師として丁重に迎えていただく坊さんも、病院ではその逆になる。
すなわち価値観に絶対値はなく、すべからく「相対」によるものであることを、改めて再認識した次第。
言い換えれば、この「相対」にこそ、自分を高く売る秘訣があるということなのである。