歳時記

時代の到来

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ロシアのウクライナ侵攻、中国の海洋進出など、日本の防衛はどうあるべきか、論議が活発になっている。

防衛力増強はともかく、核問題の論議にいたっては、昭和40年代の左翼運動を知る私など隔世の観がある。

対立と融和、保守と革新は、時代をはさみながら永遠に繰り返すということがよくわかる。
すなわち価値観は直線的でなく、行きつ戻りつしながらループ状になって移り変わっていくということなのである。

そんなこともあって、昨年からパラパラと安岡正篤の著書や評伝を読んでいる。
安岡は日本の易学者、哲学者、思想家。
日本主義の立場から保守派の長老として戦前戦後に亘って活躍し、「歴代総理の指南役」と評される。

昭和57年の安岡の論考に次のくだりがあることに驚いた。

《本当の意味の世界的発展というものは、やはりその中に限りなき多様性・進化姓、いわゆるヴァラィエティとかディヴァーシティとかいうものをもたなければならない》

いま、政治家や文化人、評論家が得意になって口にする「ダイバーシティー」は決して真新しいものではなく、安岡はすでに40年前に主張している。

あるいは、「活世界」を構築するためにはナショナリティを尊重しなければならないとして、次のように語る。

《各国民は各国民として行きすぎたナショナリズムになってはならないが、ナショナリティ・国民性・民族性というものはあくまでも尊重し、よくこれを磨き出さなければならない》

コロナ禍、中国の狡猾、そしてロシアの侵攻。
世界情勢は、否応なく私たちに「日本、そして日本人としての在り方」というものを突きつけている。

言葉を替えれば、海外のリゾート地よりも、日本の素朴な山河に心が動かされる時代の到来ということになる。

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