「病院を攻撃した」
と批難されれば、
「武装勢力の拠点になっているからだ」
と反論する。
「ああ言えば、こう言う」
という見本がロシアの主張である。
すなわち論戦は、
「ニワトリが先か、タマゴが先か」
という論議に落とし込めば、負けはないということになる。
今朝も愚妻を日帰り温泉に送っていった。
たいした手間ではないのだが、決まった時間に決まった予定があるというのは、精神的に負担である。
で、つい不機嫌な顔になる。
「あなたが送ると言うから、私は行くことにしているのよ」
愚妻が主張すれば、私は、
「おまえが行きたいと言うから送ってるのだ」
と主張する。
ニワトリとタマゴが主張しあい、不毛の論戦になる。
意味がないですな。
「送らせていただく」
「送っていただく」
お互いが感謝してハッピーになる。
今朝、愚妻にそう言うと、
「私はそう思っているのに、あなたが突っかかるんじゃないの」
「バカ者、お前が突っかかるから、わしは反論するのだ」
お互い人間であるのに、自己主張するときはニワトリとタマゴに変身してしまうのである。