歳時記

ジェンダーフリー

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私は自分で洗車したことがない。
これまで愚妻の担当で、ガソリンスタンドや自宅で洗車していた。

ウォシャー液も私は自分で入れたことがなく、いまも入れ方がわからない。
愚妻の担当である。

これに昨日、愚妻が文句を言った。
「こういうことは男がやるんでしょ!」

愚かな女だ。
時代の流れがわかっていない。

「おまえはジェンダーフリーをしらんのか。男だから、女だからということはもはや通用しないのだ」
「じゃ、あなたが食事つくりなさいよ。洗濯しなさいよ」
「そうしたいのは山々だが、わしには無理なのだ。それを強いるのはイジメであり、許されないことなのだ」

「それは都合のいい考え方よ」と愚妻は怒っていたが、「価値観の多様化」といういまの時代、ああ言えばこう言うで、いろんな価値観を引っ張り出せば、自分の都合のいいように何とでも言えるのだ。

「表の反対が裏だ」
「ちがう、裏の反対が表なのだ」
「同じことじゃないか」
「断じてちがう。軸足を表に置くか、裏に置くかで、ものの見方は百八十度かわってくるのだ」

オナラも、なぜプッと出たかを説明すればもっともらしく聞こえるが、これを先人はもじどおり「屁理屈」と一蹴した。

ところがいまの時代、オナラに至る説明を一蹴しようものなら、
「言論弾圧だ!」
「パワハラだ!」
「イジメだ!」

批難囂々。
「オナラの説明に正面から向き合え!」

そういう時代である。
ここに「価値観の多様化」の危うさがあると、古い人間の私は嘆くのである。

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