『空馬(からうま)に怪我なし』
という諺(ことわざ)がある。
「何も持っていない者は損をすることがない」
という意味だ。
無一文の人間は、それ以上、貧しくなることはない。
だから「失う」という恐怖心もなければ、財産を狙われるのではないか、といった猜疑心に苦しめられることもない。
これにまさる幸せがあるだろうか――と教えるのが『空馬に怪我なし』という諺だ。
「空馬」とは人も荷物も乗せていない荷馬のことで、
「馬の脚に負担がないから怪我もない」
ということから転じて、
「何も持っていない者は損をすることがない」
という意味に用いられる。
つまり「人間、生まれたときは裸じゃないか」と覚悟を決めれば、どんな危機的状況に陥ろうとも、恐れるものは何もないというわけだ。
だが、この諺には矛盾がある。
怪我をさせないために荷物を乗せないというのでは本末転倒。
荷馬の用をなさないことになる。
そのことを考えれば、この諺の真意は、
「欲張って荷を積み過ぎると、馬が脚を怪我して元も子もなくしてしまうぞ」
という戒めにあるのだ。