歳時記

湯船で考える

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 落葉樹は、葉を落とすことで厳冬を生き延びる。
 人間もそうでなくてはならないと、露天風呂に浸かりながら、雪の中に立つ落葉樹を見て思う。
 湯船に浸かっているときはヒマだから、いろんなことを考えるのだ。
 すでに故人になったが、あるヤクザがこんなことを言った。
「あたしらはね、カネがなくてもベンツに乗るんですよ。落ち目になったと思われたら、ナメられますから」
 彼らは、厳冬にあっても、ミエという葉を落とすことができない。
 落葉樹にはなれないのだ。
 かといって、気候に恵まれた常緑樹でもない。
 だから生き延びていくのが難しいということになる。
 湯船に浸かっているときはヒマだから、いろんなことを考える。
 あるヤクザが、
「俺はね、自分のこの目で見たこと、聞いたことしか信じないんだ」
 と言ったことがある。
「猜疑心が強いんだな」とそのときは思ったが、この正月、若者たちを交えた討論番組をテレビで観ていて考えが変わった。
 インテリたちが、
「そのことについては、アメリカの、なんちゃらかんちゃらの経済学説によると」
 と、いろんな知識を披露しつつ、語っていく。
 さすが、「よく勉強しているんだな」と感心しながら聞いていたが、そのうち、
「なんちゃらかんちゃらの学説についてはよくわかったけど、お宅の意見はどうなのよ?」
 という疑問がよぎったのである。
 ここにインテリの弱さがある。
 彼らは机上の知識を語っているに過ぎない。
 その視点から見れば、ヤクザが語った「自分の耳目しか信じない」というのは、経験で物事を判断するということなのだ。
 ヤクザに限らず、職人も自分の経験で語る。
「ペンキの塗り方について、アメリカの、なんちゃらかんちゃらが言っているけど」
 といったことは決して言わない。
「俺の経験では」
 と、実体験で話す。
 だから説得力を持つ。
 坊主も同じではないか、と我が身に言って聞かせる。
「親鸞聖人によると」
「善導大師の解釈では」
 と、知識で語っていくエライ坊主が少なくないが、これは知識。
「で、あんたはどうなのよ?」
 と問われて、どう語るのか。
 ここいらが勝負だろう。
 湯船に浸かっているときはヒマだから、いろんなことを考えるのだ。

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