空手や雅楽など諸々の行事が一段落。
今日は九十九里の仕事部屋へ出かけることにし、夕食に古民家の和食『愚為庵』を予約した。
御宿(おんじゅく)の里山にあって、風情ある店だ。
となれば、当然、和服。
さっそく着替え、さて履き物はどれにしたものか。
厭きっぽいが凝り性の私は一時期、履き物に凝り、雪駄も草履もたくさん持っている。
ゲタ箱をごそごそやっていると、見たこともない雪駄が出てきた。
「おい、この雪駄はどうしたんだ?」
「知らないわよ。買ったんでしょ」
愚妻がトゲのある声で言う。
履き物に限らないが、私は買ってしまうと興味が失せ、忘れてしまうのだ。
記憶にないが、この雪駄をひっくり返してみると真っ新(さら)で、一度も履いていない。
「じゃ、今日はこれを履いていくか」
というわけで出かけた。
ところが。
店の前でクルマからおり、二、三歩踏み出したところで、雪駄の底の前部かパックリ剥がれてしまったのである。
それも、両方とも。
(あっ、ヤバ!)
歩けない。
しかし、後ろの部分は剥がれていないので、後ろ向きなら歩ける。
「おい」
「なによ」
「周囲の景色を見るふりをして後ろ向きに歩くから、わしが躓(つまず)かないよう注意せよ」
そんなわけで、後ろ向きに店に入っていった。
店を出るときは、陽がとっぷり暮れて周囲は真っ暗だし、店の周囲に人の目はない。
愚妻が勘定しているスキに、スキーを履いて歩く要領でクルマにもどった次第。
いつ買った雪駄か知らないが、ずっと履かなかったので接着部分が干涸らびていたのだろう。
「使わなければ衰える」
というのは、身体も服も履き物も同じということか。
いい経験になった。
雪駄を履いて「あっ、ヤバ!」
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