私は、一度言葉に出せば、そのことをすぐに忘れてしまう。
同様に、一度文章にしてしまえば、何を書いたかすぐに忘れてしまう。
「だからノンキに生きていけるのよ」
と、罰当たりな愚妻は毒づくが、そうではない。
『流水は腐らず』
と諺にいうが如く、健全な精神状態でいるためには、片っ端から忘れていくことが大事なのだ。
そして、忘れても、大事なことや必要なことは、何かの拍子にヒョイと思い出すものなのである。
昭和25年、ラジオドラマで『君の名は』が放送された。
私が生まれた年なので、むろん放送は聞いたことはないが、
「番組が始まる時間になると、銭湯の女湯から人が消える」
と言われるほどの人気だったという。
その『君の名は』の番組冒頭のナレーションは、つぎのようなものだった。
「忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」
ストーリーは割愛するが、要するに「忘れられないがゆえに苦悩する」という悲恋物語で、このことを突き詰めてけば、苦悩の根源の一つに「忘れられない」があるということになる。
となれば、すぐに忘れてしまう私は、実に果報な男ということになるではないか。
人生、大いに忘れるべし。
これを「忘却力」と私は呼ぶのだ。
幸せを招く「忘却力」
投稿日: