結婚以来30余年、私は風呂の掃除をしたことがない。
嫌いなのだ。
そのことを知る愚妻は、今月初頭、沖縄へ出かけるとき、
「どうせ、掃除してまで入らないでしょう?」
と言って、風呂の水を抜いて出かけた。
スーパー銭湯の入浴券や着替え、タオル類は愚妻が一括して用意してくれていたが、1人で行くのは億劫なものだ。
映芳爺さんも夏場はシャワーだから、愚妻が留守の1週間、私はシャワーですませた。
だから、愚妻が旅行から帰宅したとき、
(やれやれ、これで風呂に入れる)
と安堵したものだ。
そんな私に対して、
「たまには風呂の掃除くらい、したらどうなの?」
と昨夜、愚妻が言った。
「難クセをつけるでない」
私が反論すると、
「どこが難クセなのよ」
と、例によって譲らない。
「ならば問う。おぬしは風呂掃除が好きか?」
「好きなわけないでしょ」
そこで、私は大きくうなずいて、論語を引いた。
「孔子も言っておる。『己の欲せざる所、人に施すこと勿かれ』。自分が風呂掃除が嫌いであるのに、なぜそれを私にやらせようとする」
「ちょっと!」
愚妻の柳眉が逆立つのを見て、私は、そそくさと二階の自室へ引き上げたのである。
風呂掃除は大嫌いである
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