歳時記

ユッケがなくても生きていけるのだ

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 日本人が牛を食すようになったのは、明治の文明開化以後のことだ。
 それまでは、不殺生という仏教思想によって獣肉を忌み嫌い、食べなかった。
 ところが、ご時世とは怖いもので、食生活がコロリと一転。牛肉が庶民にとって文明開化の象徴になった。
 明治四年に刊行された『牛肉安愚楽鍋』という本の中に、
《士農工商老弱男女賢愚貧福、おしなべて牛鍋食わねば開化不進奴》
 という下りが出てくる。
「何人といえども、古い因習にとらわれ、牛肉を食べないのは文明開化を邪魔する不届き者である」
 と非難しているのだ。
 冗談みたいなホントの話だが、あまりの加熱ぶりに、文明開化の旗振り役であった福沢諭吉でさえ、著書『文明論之概略』の中で、
《西洋流の衣食住を以て文明開化の徴候と為すべきや》
 と、「西洋の洋服を着て牛肉を食らうことだけが文明開化ではない」と反省をうながしている。
 明治は「熱に浮かされた牛肉ブーム」だったのである。
 いま、焼き肉チェーン店「焼肉酒家えびす」の集団食中毒が社会問題になっている。
 大震災で、私たちは煌々(こうこう)たる明かりがなくても幸せに生きていけることに気がついた。
 ユッケがなくても、生きていけるのだ。
 

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