歳時記

「オナラ」をして、人生を考えた

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 昨夜とうって変わって、今日はポカポカ陽気。
「冬は冬らしく、寒いほうがいいのだ」
 と口では言いながら、こう暖かいと気持ちもなごんできて、ついでに外出したくもなってくる。
 で、昼前。
「おい、『余白亭』へ行くぞ」
 愚妻に命じて出かけた。
『余白亭』というのは、ときおりこのブログで紹介するが、熟年夫婦が営むうなぎ屋で、印旛村にある。
 うなぎ屋といっても、営業時間は昼間の2時間だけ。
 店内は靴を脱いで上がるのだが、テーブルは3つ。しかも、そのうちの1つはご主人がどっかりと座っているから、客用のテーブルは2つしかない。
 ご主人は骨董の蒐集が本業で、店は奥さんひとりが切り盛りしている。 
 要するに、趣味でやっている店というわけだ。
 行くと、たいてい人生論になり、今日もご主人は、
「ま、仏さんにだって、如来だ菩薩だと位(くらい)があるんだからな。われら人間に位があって当たりめぇだ」
 とかなんとか嘯(うそぶ)いていた。
 そして、帰途。
 クルマを運転して、不覚にも私は、プッとオナラをしてしまった。
「ちょっと、狭い中でオナラなんかしないでよ」
 愚妻がさっそく噛みつく。
「いや、すまん」
 とあやまったのでは、以後、オナラをするたびにあやまらなければなくなる。
 だから、私は言った。
「かつて平安時代の昔、『鳴る』に『御(おん)』をつけて『御鳴る』と呼び、それが時代の変遷(へんせん)のなかで『御鳴(おな)ら』になったのだ。オナラは本来、尊いものだったのだ」
「適当なこと言って、『余白亭』のご主人とおんなじね」
「バカ者。適当ではない。わしは漢字の本を書いておるではないか」
「娘の言うとおりだわ」
 愚妻が溜息をついて言った。
 娘が孫をつれて遊びに来ると、愚妻にこう言うのだ。
「お母さん、お父さんはボケてもわからないから気をつけたほうがいいわよ」
 冗談めかして言っているが、あれは本気に違いない。
 なるほどポカポカ陽気の1日ではあるが、人生、一寸先は何が待っているかわからないということか。
「もう二カ月もすれば桜前線ね」
 と愚妻はノンキなことを言っているが、仏道に説く「無常の人生」を生きていて、「明日」が来る保証はどこにもない。
 オナラによって「一日生涯」という言葉に思いを馳せ、その意味が実感をもって迫ってくるのであった。 

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