すでに故人になれたが、博識で知られるヤクザの親分さんと雀卓を囲んだときのことだ。
「おい、DNAって知ってるか?」
と親分さんが私に問いかけた。
DNAという言葉がまだ一般化する前だから、ずいぶん昔のことだ。
「知ってますよ。デオキシリボ核酸でしょ」
私が当然のような口ぶりで答えると、
「よく知ってるな」
親分さんは、つまらなさそうに言って黙った。
私は後悔した。
「何ですか、それ?」
と聞けば、
「知らないのか? DNAというのはだな」
きっとウンチクに富んだ面白い話をしてくれたことだろう。
「知っているか?」
という問いかけにどう答えるべきか。
返事も質問も、実はとても難しいものであることを、このとき思った。
いま足利事件の冤罪で、誤ったDNA鑑定が問題になっている。
このニュースに接するたびに、
「おい、DNAって知ってるか?」
と問いかけた親分さんのことを、ほろ苦く思い出すのだ。
「DNA」の思い出
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