歳時記

バイキング料理で「熟年」を考えた

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 一昨日――21日の祭日は佐倉市夏期空手大会があった。
 体育館は有料で冷房を効かせていたので、じっと本部席に座っていると涼しく、
「けっこう冷えるもんだねぇ」
 と役員に言うと、
「ええ、まあ……」
 曖昧な笑顔が返ってきた。
 彼は審判で、汗びっしょり。
 自分の尺度で勝手なことを言ってはいけないと、反省しきり。
 かねて予約していた都内のホテルへ、女房と昼食バイキングを食べに行った。
 私は生存競争では遅れをとるタイプで、バイキングが苦手だが、女房は軽やかな足取りで、料理をテーブルに〝ピストン輸送〟している。
 しばらくして、近くのテーブルに爺さんがステッキをついてやってきた。
 八十歳前後だろうか。
 ダブルのスーツに金縁メガネ、白髪はオールバック。会社のエライさんというより、グレーゾーンに棲息しているような雰囲気の御仁だった。
 その爺さんが、まあ食べること、食べること。
 我が女房も顔負けの〝ピストン輸送〟でテーブルに料理を並べ、片っ端からたいらげていくのだ。
 元気老人の健啖ぶりに心で拍手していたのだが、そのうち、
(しかしなァ)
 という思いがしてきた。
 健啖ぶりはいいのだが、次から次へと口に放り込み、頬をふくらませたままガツガツ、ムシャムシャ……。
 食べ終わると、でっかい声でボーイを呼びつけ、
「おい、楊枝!」
 歯をシーシーやってから、再びステッキをついて出て行った。
〝健啖爺さん〟が座ったテーブルの下は、こぼした料理が散乱していて、ボーイが腰をかがめて拾い集めていた。
 老いてなお人生の現役でありたいと私は思ってきたが、この〝健啖爺さん〟を見ていて、「年相応」という言葉が浮かんできた。
 若者と同様に元気であることが美徳なのだろうか。
 健啖であることが賞賛に値するのだろうか。
 六十歳が五十歳に見られたからといって、何を喜ぶのというのだろうか。
 若者には若者の特権と美徳があり、実年には実年の、熟年には熟年の特権と美徳がある。
 ひと言でいえば、
「若者に覇気、熟年に品格」
 ということになろうか。
 アンチエイジングがブームのようだが、私はむしろ、いかに年をとっていくかを考えたいと思った。
 
 

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