歳時記

湯船に浸かれば「妙想飛来」

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 私は風呂が大好きだ。
 子供のころからそうだった。
 中学2年生のとき、学校で何かの調査があって、趣味の欄に「風呂」と書いたところ、
「風呂は趣味じゃない」
 と、担任に怒られた。担任は、私がわざとそう書いたと思ったのだろうが、私にとって風呂は「趣味」だと本気で思っていたのだ。
 高校に入ったころから、風呂に食べ物を持ち込むようになった。最初は菓子類だったが、そのうちエスカレートして晩飯を持ち込むようになり、行儀が悪いと、いまは亡き母親を嘆かせたものだった。
 いまこうして記憶をたどると、どうやら世界史の授業に行き着くようだ。ローマ帝国時代の貴族たちにとって食事は、空腹を満たすものではなく、味覚を楽しむものだったので、食後は浴場で吐き出していた――いつの学年であったか、授業でそんなことを習ったのが「風呂=食事」というキッカケだったように思う。私は貴族ではないので、吐き出すのではなく、空腹を満たしたのである。
 さて、学生時代の四年間は、風呂ナシのアパート住まいだったので、風呂で食事することはできなかったが、結婚して風呂付きのアパートに入居してから、風呂に食事と雑誌を持ち込み、一杯やるようになった。これには女房も驚いていたが、以来三十年。いまでは、私が風呂で食べるものと女房は思っているようで、手際よくお盆にデザートまで載せて風呂場に運んでくれる。
 ついでながら、ストーリーを練ったり、原稿の推敲をしたりするのも風呂だ。だから、自宅だけでなく、近所の健康ランドにもよく行く。湯船に浸かって想を練り、休憩室でノートバソコンに打ち込むのだ。
 これは習慣なのか、元々そうなのかはわからないが、私は湯船に浸かると、いろんなアイデアが閃くのだ。
 朝、起きて風呂に入り、湯船に浸かったとたん、
(おっ、そうか!)
 と閃くのだ。
 次から次へと閃いて覚えきれなくなり、メモを持ってくるよう女房に怒鳴るのだが、女房がシカトすると、そそくさと身体を拭いて自分でメモ帳を取りに行く。
 閃きも毎度のことになると、仕事に難儀していても、
(なあに、あとで風呂へ入れば妙想飛来。いい知恵が出るさ)
 と、余裕である。
「妙想飛来」というのは読んで字の如しで、確か梅原猛先生の言葉と記憶しているが、 私の大好きな言葉なのだ。
 湯船に浸かるだけで「妙想飛来」なのだから結構な話だが、妙想も飛来し過ぎると、温泉に行ったときなど大変なのだ。
 メモ帳を持って大浴場に入るわけにはいかないので、湯船に浸かったとたん、妙想が飛来して、脱衣場に賭けだしてメモを取る。これがひっきりなしで、のんびり温泉を楽しむどころではなくなるというわけである。
 だが、妙想飛来の割りには、たいした仕事になっていないのはどういうわけだろう。
 不思議なことに、その回答については、なぜか湯船に浸かっても妙想は飛来してこないのである。

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