樹木希林さんが亡くなった。
一度もお会いした記憶かない。
週刊誌記者時代、たいていの芸能人には取材しているが、当時、「悠木千帆」と名乗っていた彼女を取材したことも、担当していた対談に出てもらった記憶もない。
彼女は20代から老人が当たり役だったので、男性総合誌のテーマにはならなかったのだろう。
女優としての実力はもちろんだが、その人気は晩年の「人生論」にあるような気がする。
乳がんの手術を受けた後、彼女はさらりと言う。
「私は何でもおもしろがれる。病気に対しても」
「井戸のポンプでも、動かしていれば、そのうち水が出てくるでしょう。同じように、面白くなくても、にっこり笑っていると、だんだん嬉しい感情が湧いてくるのよ」
人間の魅力は結局、その人の「生き方」であり「人生観」にあると、あらためて思うのである。
言葉を変えれば、美しさは化粧にあるのではなく、化粧を落とした素顔にあるということか。
男の人生にとって化粧とは何かを考えさせられる。
そういえば、かつて渥美清さんの人物取材をしたとき、渥美さんはこんなことを言った。
「僕が喜劇でバカなことばっかりやっているもんだから、取材に来る記者さんは、〝素顔はきっと違う。人間として何かがあるはずだ〟って思うらしいだよね。でも、何にもないんだな、これが」
買いかぶらないでくれ、ということを、そういう言い方をした。
これも、化粧を落とした生き方ということになる。
ある年齢からは「削ぎ落とす」がキィーワード。
削ぎ落として日々を楽に生き、最後の最後に命を削ぎ落とし、無一物になってお浄土に生まれ変わる。
これがいい。
「さあ、どんどん削ぎ落とすぞ」
と自分に言い聞かせてから、ハタと考える。
自分には、削ぎ落とすべき何があるのか?