三十路半ばの娘が、
「お父さんより先に死なないでね」
と、愚妻に茶飲み話で言ったそうだ。
「どういう意味だ」
「さあね」
愚妻はトボケた顔で、
「あなたが後に残ると大変だと思っているんじゃないの」
言いにくいことを、さらりと言ってのけるのが愚妻の持ち味だ。
「何かの間違いではないか。わしほど素直で、無欲で、扱い安い人間はおらんぞ」
「あなたが思っているだけでしょ」
言い残し、鼻歌まじりで買い物に出かけて行った。
私の心境は複雑である。
これまで私は、自分では扱い安い人間だと思ってきた。
素直で、無欲で、やさしくて。
その自負が、娘の〝心ない一言〟と、それに賛同する愚妻の追い打ちでガラガラと音を立てて崩れ落ちたのである。
輝けるはずの晩年は、何やら雲行きがあやしくなってきた。
「因果応報」
という仏法の真理が、ふと脳裏をかすめるのである。
因果応報
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