一昨日の朝、近所の日帰り温泉に出かけた。
夕方以降は混むので朝に切り替えたのだが、私もあれこれ忙しく、愚妻のように週に何度も行くわけには行かないので、週一を目安とした。
で、一昨日。
愚妻が出てくるのが12時なので、私は10時30分に風呂からあがり、休憩室で資料を読んでいると、
「あのう、館長ですか?」
と、女児をつれた壮年男性に声をかけられた。
「おう、Kか!」
何年ぶりだろう。
私の道場に中学時代から通っていた男で、大学を卒業してからもたまに道場に顔を見せてくれていたが、ここ10年ほどは会っていない。
近況など楽しく話をしたが、別れてから気になったのは、K君が会話の中で言った一言だ。
「お声をかけようかどうか迷ったんですよ。館長によく似ているけど、人違いだった困るなって」
「そうか」
と、そのときは聞き流したが、よくよく考えてみると、「人違いかもしれない」と思うほどに、私の風貌が変わっているということになるではないか。
つまり、それだけ歳を取っているということだ。
愕然である。
自分は毎日鏡で顔を見ているので昔のままのつもりでいるが、久しぶりに会う人間からすれば、人違いかと思うほどに老けて見えるということである。
「ウーム」
と腕を組んで唸っていると、
「なに難しい顔してるのよ」
愚妻が風呂から上がってきてノーテンキなことを言っている。
「わしの顔は、人違いと思われるほどに老けたか?」
「老けてるに決まってるでしょ。何をいまさらバカなこと言ってるのよ。さっ、帰るわよ」
私を置いて、さっさと精算カウンターに向かうのである。
自分のことは棚に上げて生きる。
これぞ人生の要諦だと、愚妻の背を見ながら思ったことである。