「へぼ将棋、『玉』より『飛車』を可愛がり」
明治期の落語家が考案した将棋の格言である。
強力な駒である飛車を大事にしすぎて、肝心の玉を詰められて負けることの意だ。
転じて、目先の価値観にとらわれて、本当に大切なものを失ってしまうこと。
つまり「本末転倒」。
自民党の「石破おろし」のドタバタ劇を見ていて、この格言が脳裡をよぎる。
「へぼ議員、『国民』より『我が身』を可愛がり」
いよいよ自民党は「詰み」になるのか。
『法華経』の比喩品(ひゆほん)に、こんな話がある。
燃えさかる家の中で、三人の子どもたちが何も知らずに遊んでいる。
親が家の外から、
「火事だから早く外へ逃げろ!」
叫び続けるが、子どもたちは遊びに夢中になっている。
いまの自民党議員をたとえれば、この子供たちのようなものだろう。
トランプ、習近平、プーチンといった国難をよそに、権力闘争にうつつを抜かしているのだ。
『法華経』では、思い余った親が、
「外にはもっと楽しいおもちゃがあるぞ!」
と叫び、無事に外に出てこさせるのだが、さて自民党はどうなるか。
愚妻でさえ、
「何を考えているのかしらねぇ」
自民党議員の私利私欲の政局にプリプリ怒っている。
粘る石破も石破なら、大義をみつくろって引きずり降ろそうとする連中も連中である。
どっちに転んでも、自民党は「詰み」だろう。
お盆参りに葬儀が重なり、ここ四日ほど忙しくなる。
「よろずのこと、みなもって空言(そらごと)戯言(たわごと)、まことあることなき」
親鸞の言葉がよぎるのだ。