歳時記

「絆」と「個人の尊重」

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昨日、午前中は佐倉市空手道連盟の鏡開き。
夕方から新宿で、私の道場の新年会。
支部諸君を交えて毎年の楽しい一時だった。

とはいえ、今朝は午前中、四十九日法要。
明日は一日葬がある。

執筆も押せ押せになっていて、時間との競争で気が気ではない。
目の前には、読まなければならない資料本が山積みになっている。

「生涯現役の時代」と安倍内閣は囃し立てるが、農業にたとえれば「刈り入れなき米づくり」のようなもので、これでいいのかと、いささか首を傾げるところである。

知人が70歳を過ぎて、
「残りの人生、何か社会の役に立ちたい」
ということで、福祉施設の運営に尽力している。

政治力もあり、あれこれ動いてらっしゃるが、過日、話をしていて、
「空手の持つ精神性を有効に活用できないだろうか」
と問われた。

昨年秋、介護老人向けに古武道体操を試み、これを何とか継続したく考えているが、これ以上、用事をつくるのはいかがなものかと、さすがに自制した次第。

坊主や保護司など、いろんな活動を通して思うのだが、「無縁」「孤独」といった現代社会の病巣は、「個人の尊重」がベースにあると思っている。

「個人の尊重」は必然的に「自己責任」を伴う。
自己責任に帰する考え方は、
「あなたのことは私に関係ないことで、あなたが自分で始末をつけなさい」
ということだ。

となれば、「義を見てせざるは勇なきなり」という言葉が死後になるのは当然だろう。

果たして「絆」と「個の尊重」は併存するのだろうか。

本気で考えるのだ。

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