歳時記

親父を見て考える「歳をとる」ということ

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 朝から親父がガタゴトと、部屋の押し入れを探しまわっている。
 何事かと思ったら、加湿器を探しているのだと言う。
「どうした?」
「いまテレビでやっておったが、湿度が15パーセント以下になると、インフルエンザにかかるんじゃて」
 なに、イフンフルエンザ対策だと?
「もう長生きはせんでもええわい」
 と達観したようなことを言ったのは、当の親父じゃないか。
 それも、つい昨日のこと。
「じゃ、3月のお彼岸には京都西本願へお参りしようか」
 と私が言うと、
「ほうじゃのう」
 と、うなずいていたではないか。
 それが一転、今度は大騒動してインフルエンザ対策である。
 なるほど人間、生への執着は煩悩ということか。
 親父の在(あ)りようは「明日の我が身」と思い、私の部屋で使っている加湿器を親父の部屋に用意したのだが、ふと思って、
「しかし、あんたはインフルエンザに罹(かか)らんかもしれんが、わしが罹ったらどうするんじゃ? あんたにうつるぞ」
「ウーム……」
 親父はうなって、
「ホンマじゃ」
 マジメな顔をしてつぶやいたのである。
 これが歳をとるということなのか。
 面白いようで、悲しいようで、いずれ自分もそうなっていくのかと思うと、なんとも複雑な心境になるである。

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