歳時記

どうして人間は緊張するのだろうか

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 昨日は、『月刊BSL』のゲストスピーカーに招かれた。
『月刊BSL』は、中小企業のビジネスの成功を支援する『BSL―ビジネス成功研究会』の有料会員向けサービスの一つで、経営情報が詰まったラジオ番組風の音声教材CDである。
「編集は一切なしです。ラジオの生番組だと思っていただければいいでしょう」
 担当編集者の榊原氏が、ニコやかな笑顔で過不足なく指示をしてくれる。
 執筆の場合もそうだが、担当者が優秀だと、安心なような、手抜きができないような、複雑な気持ちになるが、このときもそうであった。
 気がかりは「編集なし」。余計なことをポロリと言えば、それが記録として残ってしまうではないか。
 だいたいが余計なことを知りすぎているので、緊張よりも、ついポロリを心配しながら、録音スタジオに入ったのだが、パーソナリティーの倉島麻帆さんの巧みなリードで何とか無事録り終えた(と思う)。後半のフリートークでは、㈱創客営業研究所代表の木村尚義氏に加わっていただき、楽しい収録になった。
 帰途、「しゃべる」ということについて考えた。
 人間は本来、おしゃべりである。
 おしゃべりどころか、「 もの言わざるは腹ふくるる業(わざ)」と言われるように、しゃべらないでいるというのはストレスになる。
 ところが、結婚披露宴などでスピーチするのは、みんなが嫌がる。
 しゃべるのは大好きなのに、人前でしゃべるのは大嫌いなのだ。実際、自分のスピーチが終わるまでは、気もそぞろで、食事もノドを通らないという人も少なくない。
 ならば、この「人前」とはいったい何だろうか。
 たとえばオリンピック選手が競技に臨んで緊張するのはわかる。
 国や郷里の期待を一身に背負っており、
(それに応えられなかったどうしよう)
 というプレッシャーから緊張する。
 しかし、結婚披露宴のスピーチは、誰も期待などしていないのだ。
 期待の逆で、
(どうせ、ろくでもない長話をするんだろう)
 と、うんざりしている。
 それにもかかかわらず、当の本人は大マジメで緊張しているのだから、考えてみれば滑稽なことである。
「人前」というテーマは実におもしいろものだと一人で頷きつつ、家路についたのである。

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