歳時記

断る理由を封じ込めば、断る理由はなくなる

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 先日、都内の某ターミナル駅へ行ったときのことだ。
 用事を済ませ、友人と別れた私はカバン店をのぞいた。この間から作務衣に似合うカバンを探していたからだ。頭侘(ずた)袋も信玄袋も持っているのだが、資料を入れるのに不便なため、洋風で作務衣に似合うカバンを探していたというわけである。
 地下街の各店も、デパートのカバン売り場ものぞいたが、作務衣に似合うカバンがなかった。店員も親切に応対してくれたが、気持ちが動かなかった。
 で、駅構内ブラブラと歩いていると、
「閉店セールだよ!」
 仮設店舗で、太ったおっちゃんが呼び込みをやっていた。カバンのバーゲンである。
 呼び込みに吸い寄せられるように、フラフラと近寄っていくと、
「おっ、お客さん、陣羽織がカッコいいね」
 私の作務衣姿を見やりながら、
「どう、このショルダー」
 と、手近なヤツを手に取りながら勧めてきた。
「作務衣に合わないよ」
 私が言うと、
「じゃ、こっちだ」
 おっちゃんがダレスバッグと取り替えて、
「ミスマッチだと思うでしょう? 実は、それがカッコいいんだって」
「そうかな」
「そうだよ。だけど、モノをたくさん入れちゃだめだよ。このカバンはカッコ勝負だからね。型崩れはみっともないから」
「じゃ、だめだ。オレ、ノートパソコン入れるから」
「あっ、そっ。それなら、こっちだね」
 別のカバンを手に取って、
「ほら、見てよ。これならパソコン入れても崩れなし」
「色がどうかな。黒はちょっと……」
「あっ、そっ。じゃ、茶色――」
 と、別の棚から取り出してきたのである。
 かくして、私はこのカバンを買うハメになった。
 作務衣に似合うカバンを探していたはずなのに、「型崩れしない」「茶色もあるよ」と、〝すり替え攻撃〟にしてやれたという次第。
《断る理由を封じ込めば、もはや断る理由はなくなる》――拙著で私が書いた〝実戦心理術〟の一節だが、ナルホド、その威力は抜群なのである。

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