歳時記

日帰り温泉はパス

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私は8月のお盆以降、日帰り温泉に行っていない。
胆嚢の手術の前にコロナに罹患するとマズイし、術後の「痛テテテ」でヘソにガーゼを貼っており、行けるわけがない。

それから、まる2カ月。
愚妻は嬉々として通っているが、私は行く気がすっかり失せてしまった。
気が向けばともかく、定期的に行くのはやめた。

ルーティンが変われば、何だか人生が変わったような気分にさえなってくる。

何事もそうだが、「それが当たり前」と思っていたことを何かのキッカケでやめてみると、
(あれは何だったんだ?)
ということになるのだ。

「何かを始める」は自分の意志が大きく影響するが、「何かを辞める」は偶然的な要素が強い。

そうした経験則から、私は善くも悪くも「偶然」が大好きだ。

偶然によってどう人生が転んでいくか、考えただけでワクワクしてくる。
仏教では偶然を否定して「縁」と説くが、縁がどう転がっていくか当人にはわからないということにおいて、やはり「偶然」なのである。

そして、偶然が意志の対極にある以上、願って叶わず、厭ってもやって来る。
人生は思うようにいかない。
となれば、それをどう引き受けるか、自分の心の問題ということになる。

ポジティブに受けとめれば「幸運な人」になり、ネガティブに受けとめれば「不幸な人」になる。
人生も世の中も、よくよく考えてみれば実にシンプルなものなのである。

日帰り温泉に通って多くのことに気づき、行かなくなって、また新たなことに気づく。
「だからどうした」
と言われれば返事に窮するが、人生は所詮、「だからどうした」と問われて答えられないようなっているのだ。

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