あるホテルでのことだ。
約束の時間より早く着いたので、ロビーをブラついていたら、でっかい「ひな飾り」があった。
5月5日の「端午の節句」は祝日なのに、「桃の節句」はそうでない。
(よく男女差別の抗議が起きないものだ)
と思いながら、ひな人形を眺めていて、目を剥(む)いた。
なんと下段に、老人のひな人形があるではないか。
白い長いヒゲを生やしている。
まさか爺さん人形があろうとは・・・。
(知らなかった)
と、唸(うな)るほどの驚きだったのである。
帰宅して、
「おい。ひな人形に爺さんがいるのを知っているか」
愚妻に問いかけてみた。
ひょっとして、あのホテルだけ、爺さん人形を置いてあったかもしれないからだ。
すると愚妻は、
「あら、知らなかったの」
これまた目を剥いて、
「娘がいて、どうして知らないのよ」
非難の目で私を見たのである。
娘は3月2日生まれ。
毎年、誕生祝いとひな祭りを一緒に行っていた(と思うのだが)、ひな飾りをまじまじと見たことは、これまで一度もなかった。
まさか爺さん人形があろうとは・・・。
「となれば」
私は言った。
「60歳であろうとも、龍笛(りゅうてき)を始めた私は、五人囃子もつとまるというわけだ」
冗談を言ってみたが愚妻には通じず、娘の誕生日のことも覚えていないのかと、いつまでブツクサ言っていた。
ひな祭りは、女の子のすこやかな成長を祈る節句だ。
日本の美風のひとつである。
ひな人形に〝洋風人形〟もあると聞いて、
「大和撫子(やまとなでしこ)」
という言葉が脳裏に浮かぶ。
洋風人形が悪いというのではない。
「桃の節句」は、古来よりのひな人形であるべきだ。
(文化とは、そういうものではないか)
と、娘の誕生祝いが記憶から抜け落ちている我が身を棚に上げつつ、私は思うのである。
ひな飾りに「爺さん人形」
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