日日是耕日

俗にありて、煩悩を耕す365日

歳時記

電車でお婆さんに席を譲る

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 携帯コミック連載の原作を書くので、昨日、漫画編集者と打ち合わせをした。
 具体的な内容についてはこれから詰めていくが、いわば顔合わせの打ち合わせで、携帯コミックの現状についてレクチャーを受けた。
 私にとって意外だったのは、読者の6割は女性なのだそうだ。女性が、男性向けの劇画雑誌を店頭で買って読むのは抵抗があるため、携帯コミックで楽しんでいるのではないか、というのが分析の一つであった。
 携帯コミックが漫画界にどれほど影響をおよぼしているのかは知らないが、一部をのぞいて漫画雑誌が軒並み不調ということから、時代は確実に変化しつつあるということか。
 とは言うものの、私は携帯コミックを知らないのだ。
 見たことも、読んだこともない。
 そもそも私の携帯電話は、インターネットサービスを申し込んでいないのだ。携帯コミックを読むどころか、Eメールもできない。いや、しないのである。
 なぜかと言うと、電車内で、達人の指さばきでメールを打っている人を見ると、
(ヒマだなァ。メールばっかり打ってるんだろうなァ)
 と、私にはカッコ悪く見えるのだ。
 だから、
(わしは、あんなマネはせんぞ)
 というわけで、インターネットを申し込んでいないというわけである。
 それに、仕事場でも自宅でパソコンは点けっぱなしにしてあるので、メールの送受信はリアルタイムで行っており、不便はないのだ。
 だが、携帯コミックの仕事をするようになると、携帯をあなどれなくなる。
〝指さばきの達人〟たちは、ひょっとして大事なお客さんかもしれないのだ。
(ヒマだなァ。メールばっかり打ってるんだろうなァ)
 なんて、口が裂けても言えなくなるではないか。
 そんなことを考えながら電車に乗っていると、途中の駅でお婆さんが乗ってきた。
「どうぞ」
 私が席を立って譲ると、
「いえ、結構です」
 と断られてしまった。
 こういうシチュエーションは、実に困るのである。
「そうですか」
 と、あっさり腰を席にもどすわけにはいかない。
 お婆さんは遠慮しているかもしれないからだ。
 で、すでに立ち上がっている私は、
「どうぞ、どうぞ」
 と勧めてみたのだが、
「いえ、本当に結構ですから」
 相手も頑として断るので、
「そうですか」
 と、私は再び腰を下ろしたのだが、何となく後味が悪いような気分だった。
 電車内で、目の前に老人が立っているのに、壮健な男が席に座っていると、
(あの野郎、席を譲ってやればいいのに)
 と腹立たしく思う。
 さりとて、私のように席を譲ろうとして断られると、これも気分がいいものではない。
 勝手な〝親切〟だが、人間の感情とはそうしたものだ。
 で、考えた。
 人の親切は、たとえ迷惑であっても、ありがたく受けるべきだ、と。
 相手の「行為」をありがたく思うのでなく、親切にしようとする、その「心」にお礼を言うのだ。
 帰宅して、愚妻にその話をすると、
「お婆さん、あなたと関わりあいになるのがイヤだったんじゃないの」
 しらっと言った。
 作務衣を着て、スキンヘッドに色つきメガネ。
 妙な男と思われたことが原因だとしたら、私の「親切論」は根底からくつがえることになるではないか。
 さて、このことをどう考えたらいいものか。
 思いは千々に乱れるのであった。

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