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歳時記

五輪惨敗と「石原ロジック」

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2016年夏季五輪がリオデジャネイロ(ブラジル)に決まった。
 南米大陸で初の開催とあって、オリンピック精神からすれば、これでいいのだと思う。
 問題は東京である。
 私は元々反対だった。
 理由はいくつかある。
 一つは、毎月のようにスポーツの「世界大会」が開かれており、日本でオリンピックを開催することに興味がなかったこと。
 二つ目は、北京で開催されたばかりなのたから、アジア以外に譲るべきだと思ったこと。
 三つめは、国民的関心がなかったこと。
 そして四つ目は、石原都知事のスタンドプレーで始まった招致運動だと感じたこと。
 そういう意味から東京の落選はよかったと思っているが、私が注目していたのは、石原氏のコメントだ。
(きっと屁理屈をこねて、高飛車な態度で居直るんだろうな)
 と、楽しみにしていたのである。
 石原都知事はさすが、私の期待を裏切らなかった。
 五輪招致は知事3期目の公約だっただけに、責任の取り方について記者団から質問が出ると、
「そんな甘いもんじゃないと、いい勉強をした。それを正確に伝えることが、いずれ東京も含めてどこかの(国内)都市が五輪を開催し、世界に範を示す可能性につながる」
 と切り返し、
「途中で(知事を)辞めることは絶対ない」
 と退任を否定したのである。
 ものは言いようで、ポイントは、「失敗」を「教訓」にすりかえていることにある。
 招致運動に150億円も使っておいて「いい勉強」もないだろうが、この失敗を次ぎに活かすということで、居直っているのだ。
「失敗」には常に「教訓」があり、教訓とすることで失敗が許されるのであれば、どんな失敗も責任を取る必要はないということになる。
 犯罪者だって、
「いい勉強をしました。犯罪をおかすことがいかに悪いことであるか、それを正確に伝えることか、犯罪抑止の可能性につながると思います」
 石原ロジックをつかえば、なんとでも言えるのだ。
 古来より日本人の美徳である「潔さ」とは、失敗については一切の責任を我が身に負い、その一方で、失敗という経験と教訓は後世に残すことなのである。
 失敗の責任を取らずして「いい勉強をした」と嘯(うそぶ)く人間を、私は信用しない。

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