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俗にありて、煩悩を耕す365日

歳時記

「蹉跌」と「敗者復活」

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「戦う政治家として、再び全力を尽くす」
 安倍前首相が、地元選挙区の新春の集いで、そう挨拶したと今日のニュースが報じている。
(なるほどな)
 と、私は思った。
 安倍前首相のことで納得したのではない。
(やっぱり人生は〝敗者復活戦〟ありなんだな)
 と認識を新たにしたのてある。
 突然の辞任で世論に袋叩きにされたのは、わずか5カ月前なのだ。
 周知のように、
「無責任だ」
「政治生命は終わった」
 と非難の嵐にさらされ、
(あれじゃ、みっともなくて議員なんかやってらんないだろうな)
 と私も思ったものだ。
 まして、辞任して間もなしに、「再び全力をつくす」と発言しようものなら、世論から石を投げられていただろう。
 ところが、5カ月がたった今はどうだ。
 何となく釈然としない気持ちはあるし、それなりに批判はあるものの、
(へぇ、これからも頑張るんだ)
 と漠然と受け容れている。
 時の流れである。
 結局、良くも悪くも、時がたてば、見方も評価も価値観も変わっていくのだということを、今さらながら噛みしめた次第。
 となれば、二度、三度――いや、五度や六度の蹉跌(さてつ)で落ち込むことはないということになる。
「なんだ、あいつ」
 という非難も、数ヶ月もすれば風向きは変わってくるのだ。
 一国の政治を放っぽり出し、末代までの生き恥をさらした安倍前首相でさえ、〝敗者復活〟の弁が受け容れられるのだ。
 いわんや、我ら一市井人の恥や失敗など、本人が意識するほどには誰も覚えていないということなのである。
《人のウワサも75日》
 とは、まさに先人たちの〝経験則〟なのだろう。
 人生は何度でも「敗者復活戦」があるのだ。

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