日日是耕日

俗にありて、煩悩を耕す365日

歳時記

「道は目前にあり」について考える

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 週末から那覇市に滞在している。
 
 先週はエアコンをつける陽気だった沖縄も、今週は一転、肌寒い日が続いている。
 私が主催する空手会派「昇空館」は、古武道において、沖縄伝統古武道保存会「文武館」(沖縄県那覇市鳥堀町)の関東支部でもあり、こうして毎月沖縄に出向いて稽古をしている。
 早いもので、通い始めて5年が過ぎたが、沖縄滞在中は、文武館道場で稽古をしているか、ホテルに籠もって原稿を書いているか、友人や道場生と飲んでいるかのいずれかで、いまもって海に入ったことは一度もない。
 今夜は、このホームページ《道は目前にあり》の題字を書いてくれた書家の玉城芳岳先生と一献まじえながら、あれこれ話をした。
 話のテーマは人生論が中心だったが、その中で、《道は目前にあり》の「目前」とはいったい何かについて話し合った。
 玉城先生は、
「目前とは、後ろも横も前も、いま自分が見つめている方向である」
 といった意味のことをおっしゃった。
「目前」というと、将来とか、自分が進む方向のことを考えがちだが、そうではなく、いま見ている方向が「目前」であり、どこを見ているかを以て人生観とする、というわけだ。
 玉城先生は私より若く、まだ四十代だが、書家の語る人生論はなかなか人を惹きつけるものがある。
「人の行く 裏に道あり 花の山」
 私の好きな言葉だ。
 人(世間)と反対のことをせよ、という意味に解釈されているが、私はそうではなく、風潮や世俗の価値観に流されるな、という戒めと受け止めている。
 歩く道――すなわち自分にとって「目前」とは何か、という問いかけである。
 これまで自分はどこを向いて歩いてきたのか、これからどこへ向いて歩いて行こうとしているのか――。模索しつつ、「道は目前にあり」とつぶやく次第である。
 

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