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俗にありて、煩悩を耕す365日

歳時記

子供合宿で考えた「女子のたくましさ」

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 1泊2日の子供合宿が本日終わった。
 今年は日程がお盆にかかったせいで、参加者は例年の半数余りだったが、それでも40名ほどだった。
 1日目は午後1時から4時まで稽古。食事の後、午後7時からキャンプファイヤー、風呂、就寝。
 2日目は朝6時起床、外で体操、部屋を片づけてから朝食、9時から昼まで稽古にドッチボール。昼食後、解散である。
 夏場は熱中症が心配だし、ケガをさせてもいけない。
 小学校の低学年も多く、
「参加して楽しかった」
 ということが主眼なので、日程はゆるく組んである。
 また班編制にして、上級生に下級生の面倒を見させ、稽古内容も基本の他、型試合から組手試合まで班別の戦いとし、「参加してよかった」の工夫をした。
 手伝いも一般、大学生、高校生が来てくれて、充実した合宿になったと思っている。
(が、それしても)
 と感じたのは、女の子のたくましさである。
 今年は、小学1年生から中学生まで女の子は8名の参加であったが、驚いたのは2日目の朝である。
 6時の起床時間に、女子は誰ひとり起きてこないのである。
 女子の部屋のドアは閉じたまま。
 シーンと静まりかえっていて、熟睡の気配は廊下からもわかる。
 もちろん、朝の体操にも出て来ない。
 もっと驚いたのは、それについて男子の誰からも不満の声があがってこないことである。
 例年なら、
「なんで女たちは来ないんだよォ」
「オレたちばっかり不公平だ」
 ブーイングの大合唱。
 そんなとき、私は女子を擁護して、
「バカ者。男と女は違うんだ。文句いうんじゃない!」
 と一喝するのだが、今年の男子は〝音なしの構え〟なのである。
 なぜか不思議に思って考えてみると、男子たちは〝達観〟しているのだろうと、雰囲気から推測した。
 女子に文句を言うと、反撃が2倍にも3倍にもなって返ってくることを知っており、「リスク」と「不満」とを天秤に掛けた結果、「沈黙」を取ったというわけである。
 女子トイレのスリッパが乱雑に脱ぎ捨ててある。
 それを見て、男子トイレのスリッパを置き直していた小学生の男子たちが、
「なんで散らかってるんだよ」
 とブツブツ言いながら、それでも女子のスリッパを直していた。
 これも例年なら、私が、
「女子のスリッパも直しておけ!」
 と男子に怒鳴ると、
「女子のスリッパは女子が直すんじゃないんですか」
 と口をとがらせるのだが、今年は叱らずとも黙々と直しているのだ。
 私は、若夫婦の「家事の分担」という世相が脳裏をよぎった。
 道場で子供たちを見ていても、「男だから」「女だから」という意識の差が少なくなってきたように思う。
 そういうことから、「女の子はたくましくなった」と私は感じたのである。
 女の子がたくましくなるのは、もちろん結構なことだと思う。
 だが、女の本当の強さとたくましさは、その対極にある〝涙〟と〝恥じらい〟と〝いじらしさ〟にこそあるのだ。
 その強さに気づくことを成長と言うなら、朝寝坊するウチの女の子たちは、たくましく見えて、年相応に幼く、弱いということなのだ。
 いや、「夫婦で家事の分担」が当然と考え、亭主に感謝しない若い主婦も、女としての強さに気づいていないのかもしれない。
 そうだとすれば、年齢には〝不相応〟に幼いのかもしれない。
 私の考えが古いと言うなかれ。
 古来より、男女の機微はそう変わってはいないのだ。
 モタイナイナ――と、そんなことを考えるのである。

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