日日是耕日

俗にありて、煩悩を耕す365日

歳時記

免許返納ということ

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愚妻が免許返納を口にし始めた。
「自分がいくら気をつけていても危ないから」
と言う。

察するに、今年の初めだったか、スーパーの駐車場で接触事故に遭ったことが原因のようだ。

相手は老人で、駐車している愚妻のクルマにコツンと接触したとのこと。
非は100パーセント向こうにあるのだが、この老人は認知機能に問題があるのか、性格に問題があるのか知らないが、素直には謝らなかったらしい。

らしい、というのは、接触事故に遭ったことはちょっこっと聞いてはいたが、その後のやりとりは知らないからだ。
私に話すと、いきり立って交渉に乗り込んで行くことを懸念したのだろう。

このときのことが、愚妻の頭の中にずっと引っかかっていたようだ。
それで免許返納、つまり運転がイヤになってきたというわけだ(たぶん)。

私はイヤな予感がして、
「返納はいいが、早朝の日帰り温泉はどうするのだ」
一番の懸念を口にすると、
「あなたが送り迎えするのよ」

平然と言ってから、
「そうそう、あなたもついでに温泉に入っていけばいいのよ」
この忙しいときに、バチ当たりなことを言うのだ。

愚妻が免許を返納したら、いろんな用事がドッと私にかぶさってくる。
エライことになる。
悠々自適の晩年など、私にはありそうもないのだ。

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