ウォーキングは早朝5時に家を出て、6時に帰宅。
所要1時間、8千歩である。
運動ということを念頭に早足で歩けば所要時間は40分~45分程度になるが、私の場合は「散歩」なので、のんびりと1時間をかける。
で、先週。
家のすぐ近くの公園まで「散歩」から帰ってくると、公園入口の石柵に初老の男性が座り、新聞を両手で大きく広げて悠然と読んでいる。
一面がカラー写真なのでスポーツ新聞であることがわかる。
(のんきな年寄りだな)
と思いつつ、そばを通り過ぎようとしてひょいと顔を見て、
「あっ、Sさん!」
驚いた。
「知人」と言っていいのかどうか微妙なところだが、前々から顔と名前を知ってはいて、私と同世代。
訊けば、「日帰り温泉」が7時オープンなので、ここで少し時間をつぶしてから行くのだそうだ。
この近所に住んでいるらしい。
クルマなら5分だが、行きは上り坂もあるので歩けば30分以上はかかる。
Sさんは心筋梗塞をわずらったとかで、ゆっくり歩くので小一時間はかかるだろう。
「日帰り温泉」が楽しみなのだが、体力的にたまにしか行けないのだと笑っている。
で、さらに先日。
またしても公園で見かけた。
新聞を両手で大きく広げて悠然と読んでいる。
「これから風呂ですか?」
「うん」
立ち止まって話をする。
「もう先は長くないよ」
一本欠けた前歯でSさんが笑う。
訊けば、私より二歳下。
生活は楽じゃないと、これまたニカッと笑うが、早朝の公園でスポーツ紙を広げ、1時間をかけて歩き、たまに「日帰り温泉」を楽しむ。
こういう生活を悠々自適というのではないか。
悠々自適とは、生活の有り様(よう)のことを言うのではない。
求めず、不満も抱かず、夢や希望を鼻で笑いながら、いまある環境を楽しんでみせる、その生き方である。
『人の一生は重荷を負て遠き道をゆくが如し 急ぐべからず』
とは、よく知られた徳川家康の遺訓だ。
嘆息が漏れるような遺訓で、
「天下人でさえ苦労するのか」
と私は受けとめていたが、公園でSさんに会って、遺訓の解釈が変わった。
「人の一生は重荷を背負って生きていくようなものだから、それを厭(いと)わず、重荷は重荷として楽しみながらゆっくりと歩いて行け」
そう解釈した。
「早起きは三文の得」と言うが、なるほど早朝散歩によって、私は新たな気づきを得たのである。